9.19饗庭野演習場外への照明弾落下事件に関して 防衛局へ

社民党滋賀県連合は、10月16日近畿中部防衛局に行き、9月19日饗庭野演習場外への照明弾落下事件に関する防衛大臣あて抗議文を手渡した。(9月末に折衝開始)

 

 

 

続いて近畿中部防衛局ホームページに公表(10.7)されている【お知らせ】を中心にしながら面談した。

(対応した各氏)

企画部 地方調整課長      西江 成史

調達部 装備課長        泉谷 彰人

総務部 報道官 防衛事務官   倉田 清司

 

(防衛局の主な答弁要旨)

〇専守防衛に徹して、安全対策や管理教育を行い、責任をもって仕事をできる教育訓練に徹していきたい。

〇今回は射撃試験である。防衛装備庁が調達する81mmIR照明弾を製造業者の立ち合いで自衛隊が協力するという形で実施した。昨年の実弾訓練事故に関しては相当な処分を行い、事故を教訓に、訓練を強化した。同じ第37普通科連隊(大阪府和泉市)が実施したものである。

〇再発防止策としては、今津駐屯地の部隊への教育訓練や安全管理施策の強化に力を入れてきた。迫撃砲の目盛だけでなく、地面にも石灰表示をするなど万全な対策を行っている。

〇射撃勤務員の事前教育や責任の徹底を図ってきた。監視員の目視だけでなく、ビデオカメラを導入して、安全対策を強化してきた。

〇当日は北北西2.4mの風が吹いていたが、尾根の付近に発生した山谷風に煽られて区域外に落ちた。現在は、饗庭野演習場における81㎜迫撃砲のIR照明弾射撃を見合わせている。

(社民党の要請)

自然災害が相次いでおり、今回の大水害の現場でも、災害救助に多くの自衛隊員が懸命に当たっておられることに感謝申しあげる。一方で、同じ部隊による演習場外への落下物が出たことは、訓練・試験に関わらず看過できるものではなく、2度とこのような住民生活に影響をもたらす事故がおこらないようにしてもらいたい。

訓練場内および周辺の気象・地勢に詳しい今津駐屯地の権限が強化されたことは評価できる。

1 個のコメント

    • びえろん on 2019年12月12日 at 10:17 PM

    饗庭野演習場ですが、東西に長く南北に短いです。ここで射撃すると、途中で突風を食らえば弾道が曲がり、演習場外に着弾することは以前から心配されていました。今回は自動車の破損で済みましたが、もし野外作業中の人に当たったら大変です。日本は狭い国ですから、演習場自体に無理があります。

    昔の話になりますが、滋賀県内にも軍事基地があり、1921年から敗戦まで存続した八日市飛行場。今は東近江市になってしまいましたが、存在していた時代は神崎郡八日市町の沖野が原でした。教育飛行隊でしたので、練習機や偵察機が配備されていました。滑走路が南東から北西に向いていて、そこから練習機が飛び立つのですが、エンジンの調子が悪いと不時着するそうで、いつ煽りを食うか分からない状況でした。

    市町村合併で分かりにくくなりましたが、演習爆弾落とすところがあり、かつての八日市市と蒲生町の境目の山の中でした。現在は京セラとかありますが、工業団地が爆撃演習場だったのです。しかし割と近くに集落もあり、もしひとつ間違えれば大惨事が起こること間違いなしでした。

    大惨事と言えば、忘れてはならないのが、現在の大阪府枚方市にあった禁野(きんの)火薬庫の大爆発事故。現在は学園都市線とJR西日本が勝手に名前を付けている片町線ですが、かつては沿線に多くの軍事施設がありました。大阪市内には大阪造兵廠があり、現在の大阪ビジネスパークや大阪城公園、森之宮電車区など広大な敷地を占有していました。片町線沿線の軍需工場との間で鉄道輸送が行われていたのです。

    1937年に日中戦争が起こると、政府は国家総動員体制を敷き、国力のすべてを軍事に投入することを決定。片町線沿いに次々と軍事施設が建設されました。そのような中、1939年3月1日に大規模爆発事故が発生。この爆音は、遠く滋賀県まで聞こえたと言います。亡くなった父がそう言ってました。

    爆発で破片が5km以上離れた京阪電気鉄道本線まで飛んできて、光善寺駅も被害を受けたそうです。当時は軍国主義社会で、不満を述べたとたん警察が捕まえるから、何もできなかったと言います。こんな恐怖社会に、今の日本が逆戻りしている問題。何から何まで戦前化している社会。恐れずに声を上げていかなければ。尊敬する山川均先生も、あの時代を生き抜いてこられたのだから。そう考える毎日です。

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